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2024年11月25日月曜日

園長だより 202412

聖書の言葉:さあ、ベツレヘムへ行こう。ルカ2章15節 

街はもうクリスマス一色ですね。幼稚園でもクリスマスの歌が聞こえます。

今月の聖書の言葉は、「さあ、ベツレヘムへ行こう!」です。これは、野原にいた羊飼いたちが、天使の「嬉しい」お告げを聞いた後、「じゃ、行ってみよう!」と言って、行動を起こした時の言葉です。


その時、何が起こったのか、どんなふうにイエス様がお生まれになったのでしょうか? そのクリスマス全体のストーリーは、ページェントでこどもたちに教えてもらえるので、楽しみですね。それはそこにお任せすることにして、今月は、この「さあ、ベツレヘムへ行こう!」という言葉を、今を生きている私や私たちが、どう聞くか、それを考えてみましょう。

それはもちろん、「今、ベツレヘムに行きましょう!」という事ではありません。聖書の街に行ってみたいと思う人も多いですし、私も二度行かせてもらいました。ベツレヘムにも「クリスマス・ルーテル教会」や幼稚園・学校・大学もあって、そこで、こどもたちとお友達になり楽しい思い出もあります。ベツレヘムのルーテル教会の牧師は私と同年で、日本にも呼び、私も再訪し、今でも交流が続いています。(写真は2006年)


この「じゃ、行ってみよう!」という言葉は、どう聞くべきでしょうか?

嬉しいニュースを聞いたとき、悲しい知らせを聞いたとき、困っているという話を聞いたとき、自分がどうしているかなという事を考えさせられます。

「人の喜びを自分の喜びにして駆け付ける」。「誰かの悲しみを聞くと、自分のことのように思い寄り添いたくなる」。そんな気持ちの大切さを、考えさせてくれます。

この日生まれたイエス様は、30数年後、「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい」(ヨハネ15.12)という大切な教えを残されました。命を懸けての教えでした。人を愛し、敵をも赦す生き方と死に方だったからです。

私の中にも、そんな愛の心と行動が生まれる日、それがクリスマスの本当の意味かもしれませんね。 

園長:徳弘浩隆


2024年10月1日火曜日

園長だより 202410

 ひとりよりもふたりが良い。コヘレトの言葉4章9節(旧約聖書)

 1人の方がいいときがありますよね。

おいしいものがある時、一人で全部食べれるから。

お金を拾った時。独り占めできるから(笑) エー?それはダメよ!


 でも本当は、一人では生きていけませんね。おいしいものを独り占めしても、拾ったお金をズルして独り占めしても、うれしいのはその時だけ。ときどき、一人になって静かに考えたり、頭を空っぽにしたりすることも大事。でも、ずーっとじゃないほうがいいみたいですよ。

 そのことを今日の聖書は言っています。今日の聖書の前と、後を読んでみるとそれがわかりますよ。聖書は、自分の好きな言葉だけを切り取って、その場所だけ読んだら、かん違いしたり、ぬか喜びすることもありますから、前後を読むことが大切です。よくニュースでも「長いインタビューの中から一部だけ切り取って報道された!」と怒って言う人がいるのと同じ。もしかしたら、神様も、「聖書の一部だけ勝手に切り取って、自分のいいように引用してる!」と怒ったり、残念がったりしているかもしれません。見てみましょう。


 今日の前には、簡単にまとめる、こんなことが書かれています。「日の下を見て空しいことを見た。友も息子も兄弟もない一人の男、際限なく苦労をしてお金を稼いでいる。心のうれしさはないし、誰のために苦労しているか考えもしないで」…

 そして、今日のこの言葉の続きはこうです。「苦労しても、二人の方が、倒れたときも助け起こしてくれ、寒くても一緒にいると暖かいし、誰かに責められても一緒に戦ってくれる。」「三つよりの糸は切れにくい」とも。日本でも聞く「三本の矢」と同じような言葉も数千年前の聖書の知恵の言葉にも見つけることができます。

 幼稚園でも、こどもたち一人ひとり、そんなことを大切に、お友達を大切にしながら育ちますように。




今日の聖書の言葉は、以下のリンクから読むことができます。安心できる無料のアプリもダウンロードして、各国語で聖書を読むこともできます。

2024年9月2日月曜日

園長だより 202409

 主において常に喜びなさい。

(新約聖書フィリピ 4:4)


 「喜怒哀楽」という言葉があります。儒教の言葉が出所らしいそうですが、人間のいくつかの感情を表ししています。無料のイラストを探しても、女の子と男の子の「喜怒哀楽」が出てきました。サンパウロの日系街に「喜怒哀楽」という日系人経営の和食のお店もありました。少し高いけど、本格和食が食べられて、駐在社員さんや日系移民の方が会話や食事を楽しんでいました。

最初は「変な名前!」と思いましたが、喜びや、怒り、悲しみやうれしさも、共有する場所にぴったりの名前でした。異国で再会を喜んだり、大声で笑ったり、しみじみと話したり、会社の不満を言い合う人もいたからです。人生に、社会でも、家庭でも、子育てにも、喜怒哀楽はつきものですね。


 でも聖書は「常に喜びなさい」と言います。「いや、それはちょっと無理!」というのが正直な反応でよいと思います。怒りや悲しみ、心配も無表情に打ち消して、いつもニコニコしていなさいというのでしょうか?


 そうではありません。「主において…」という初めの言葉が大切です。「主」とは、「天の神様」や「イエスキリスト」を指します。この方に「おいて」、この方の「中で」、「いつも喜びなさい」という事です。実は聖書のこの個所を書いたパウロは、ローマで捕えられて牢獄にいた時にこの手紙を書いたといわれます。しかも、今日の言葉の直前では、教会の中の仲たがいをしている二人の女性に和解を勧めているのです。そんな状況の中で?五里霧中、八方塞がりと思えるところでも、「神様の今までのやさしさや恵みを思い出すと、きっと大丈夫」と思えるんですね。「信仰があれば何もかもうまくいくし商売も繁盛する!」という事ではありません。苦しい中にも安心がある、そんな安心を、こどもたちにも伝えていきましょう。


園長 徳弘浩隆

2024年5月1日水曜日

園長だより 202405

 新しい年度が始まってひと月。子どもたちは名札の色が変わって進級し、新しいお友達も入ってきました。保護者の皆さんとも、説明会や懇談会で親しくお話しできました。東区の私のいる教会にもお子様連れで来てくださった方々もいらして、びっくり、嬉しかったです。忙しかったですが、とても楽しく嬉しいひと月でした。もっと新しいことが始まる5月ですね。


今月の聖書の言葉は、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」(ルカ5.4)」です。この聖書のお話は、イエス様が漁師たちに言った言葉です。彼らは夜通し漁をしたのに何も捕れず、疲れていました。そこにイエス様のお話を聞こうと、大勢の人が来たので、イエス様は小舟に乗せてもらいガリラヤ湖畔の緩やかな丘を「観客席」「階段教室」にしてお話をされました。そしてお話が終わった後、今日のセリフを漁師たちに言ったのでした。

「自分たちで夜通しやっても何もできなかった」と迷いながらでしたが、「この人が言うなら」と、やってみるとたくさんの魚が捕れてビックリ。漁師の一人ペトロは驚いて、「私から離れてください。私は罪深い者なのです」と言いましたが、イエス様は「心配しなくていいよ」と言われました。

子どもたちも、自分の力で一人でやってみても、まだできなかったことがあるでしょう。でも、幼稚園で、先生たちと、お友達と新しいことをやってみるタイミングでもあります。「もっと沖に行って、やってみよう。」「心配しなくていいよ、お友達が、先生たちが、そして神様が一緒だから」と今日の聖書は呼びかけているように聞こえます。

興味深いことにポルトガル語やスペイン語では漁師はPescador(ペスカドール)、罪びとはPecador(ペカドール)。「s」があるか無いかで大きな違いですが、彼らは神様の子どもにされていきました。そして多くのPecadorを集めて神様のもとに連れてゆくPescadorにもなっていったのです。


子どもたちも、保護者の皆さんも、教職員の私たちもそれぞれ、さあ新しいこと始めましょう。神様と一緒なら、できるはず!

  園長:徳弘浩隆


2024年4月1日月曜日

園長だより 202404

 長い雨が終わり、急に春めいて桜が咲き、葉も出てきました。幼稚園も新しい年度が始まります。新しいお友達もお迎えします。

実は私も新しいお友達?です。今まではチャプレンでしたが、この4月から園長先生です。よろしくお願いします。住んでいるのは東区のルーテル復活教会、徳川園の並びです。名古屋の前は、岐阜、その前はブラジルのサンパウロ、東京、京都、大阪その他色々でした。10年のブラジル宣教師生活から帰国して数年、ようやく日本に慣れてきたところです。

30年前東京の教会の牧師のころ、そこのルーテル幼稚園の園長もしていましたし、ブラジルでもブラジル人のスラム街の子どもたちの学童保育のようなことをしていたので、幼稚園と子どもたちの声はとても懐かしいです。

先日、仕事の引継ぎや新年度の準備の日、お昼休みに幼稚園の近くの中華レストランに行くと、懐かしいテレサ・テンの歌がかかりました。一緒にいた先生たちの数人は古いなじみの歌を聞いてしみじみ。若い先生も意外にも聞いたことがあるとのこと。昔のことや年代の話にもなり、今まで以上に親しくなりました。歌には不思議な力がありますね。


今月の聖書の言葉は、「新しい歌を主に向かって歌え(詩編96:1)」です

古い歌は、昔の嬉しかったことや、懐かしい思い出、そしてチョット甘酸っぱかったり辛かった日々も思い出させます。急に「あの日」に戻るような、タイムマシンのチケットみたいですね。

では、「新しい歌」は何でしょう?古い歌が昔の宝物だとしたら、新しい歌は「喜び」や「夢」です。聖書には、神様と出会い、苦労もしながら助けられ生きてきた歴史が書かれています。そして、苦しみの後故郷に帰還し、新年ごとに神を自分たちの王とする「新年礼拝」をする際の言葉が今月の聖書の詩編の箇所「新しい歌を歌え」です。


4月からの幼稚園、それは新しい喜びと夢がいっぱい!そういえば、今日先生たちと昼食に行ったレストランは近所のインド・レストラン。名前は「夢」という意味の「サプナ」でした。さあ、一緒に喜びと夢を探しましょう。

 園長:徳弘浩隆


幼児祝福礼拝

名古屋ルーテル幼稚園 幼児祝福式  2025/09/24  11.00-   イエスさまは、ヒツジかい 説明:ゆみこ先生 前奏・点火 奏楽:まさこ先生 さんびか ♪かみさまがつくられた 聖句(せいく:せいしょのことば) 「 主 ( しゅ ) は 羊飼い ( ひつじかい ) 、わた...